【マントノン夫人の生涯】ルイ14世の愛人マントノン公爵夫人の城【パリ-シャルトル 2日目】④

マントノン夫人の肖像画旅の記録
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【マントノン城】ルイ14世とマントノン公爵夫人のお城【パリ-シャルトル 2日目】

マントノン夫人の城「マントノン城」を訪れた私たちは、城から出て庭園を散歩することにしました。

マントノン城の庭園は、ヴェルサイユ宮殿やチュイルリー公園も手がけたフランス式庭園のカリスマ、アンドレ・ルノートルの庭園です。

マントノン夫人は17世紀フランスの監獄で生まれ、紆余曲折を経てシャルトル近郊にあるマントノン城で暮らしていました。

本記事では、フランス国王ルイ14世の愛妾としてドラマチックな生涯をおくったマントノン夫人とその略奪愛についてご紹介します。

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【マントノン城】国王ルイ14世とマントノン夫人の城マントノン城とは

マントノン城とは、太陽王と謳われたフランス国王ルイ14世の愛妾、マントノン夫人(1635-1719)の城。

マントノン城はパリから80km、シャルトル近郊に位置する小さな古城で、現在は一般公開されています。

>>> マントノン城についてはこちらの記事をご覧ください。

【マントノン夫人】マントノン城で暮らしたマントノン夫人とは?

マントノン侯爵夫人フランソワーズ・ドービニェは、フランス王ルイ14世の妻。貴賤結婚であったため王妃ではない。最初の結婚でスカロン夫人と呼ばれ、宮廷に上がってからマントノン夫人と呼ばれた。フランソワーズと王の結婚は秘密結婚のままであった。 

ウィキペディア

時は17世紀フランス、国王ルイ14世はヴェルサイユ宮殿を建設し、絢爛豪華に輝く絶対王政の絶頂期を築いていました。

マントノン夫人は、17世紀のフランスを欲しいままにした国王ルイ14世の寵愛を受け、数いる若く美しい愛人達の中から選ばれて、生涯ルイ14世のそばに居続けました。

そんなマントノン夫人の生い立ちとはどんなものだったのか、気になりますね。

肖像画を見る限り、美しい女性ではなかったようです。

では、どこかの国のプリンセスだったとか、高貴な身分の女性だったのでしょうか。

それも少し違うようです...。

【マントノン夫人の生い立ち】監獄で産声をあげたマントノン夫人

マントノン侯爵夫人フランソワーズ・ドービニェ

マントノン夫人はフランソワーズ・ドービニェとして監獄で産声をあげました。

孤児として極貧で育ち、17歳の時に25歳年上で体の不自由な詩人ポール・スカロンと結婚しますが、その8年後に夫に先立たれます。

若くして未亡人となったスカロン夫人(フランソワーズ・ドービニェ)は、悲しみから逃れようと死んだ夫の交友関係からパリの社交界に頻繁に出入りし、そこで運命の女性に出会うのです。

【マントノン夫人】運命の女性モンテスパン公爵夫人との出会い

モンテスパン公爵夫人(フランス王ルイ14世の寵姫、公妾)

その運命の女性とは、当時のフランス国王ルイ14世の寵愛を独占し、宮廷で絶大の権力をふるっていたモンテスパン公爵夫人でした。

マントノン城庭園から水道橋を望む(シャルトル)

やがて、未亡人スカロン(フランソワーズ・ドービニェ)は、モンテスパン夫人の8人の子供(6人が王の隠し子、2人はモンテスパン前夫との子)のベビーシッターとして養育係をするようになります。

マントノン城の庭園と水道橋

未亡人スカロンが子供達に熱心に愛情を注ぐ姿を見て、心を打たれたフランス国王ルイ14世は、やがて彼女を深く愛するようになりました。

マントノン夫人と太陽王ルイ14世の関係とは?【略奪愛】

太陽王 ルイ14世
(太陽王 ルイ14世)

マントノン公爵夫人の称号を与えられ宮廷へ

1674年、未亡人スカロンは、国王ルイ14世の後ろ盾によりヴェルサイユから40キロ離れたマントノン城とその領土、そしてマントノンの爵位を購入しました。

そして、モンテスパン公爵夫人の隠し子たちの認知、宮廷入りとともに未亡人スカロンも宮廷入りしました。

マントノン夫人

その時から、スカロン夫人は正式にマントノン公爵夫人の称号を名乗り、王からも公式に「マントノン夫人」と呼ばれるようになるのです。

しかし、物語はこれだけでは終わりませんでした。

マントノン城

子宝に恵まれて国王の子を6人ももうけていた若く美しいモンテスパン侯爵夫人は、贅沢を極め、権力と王の寵愛に固執するあまり、黒ミサに手を染めます。

国王の子を6人ももうけていたモンテスパン公爵夫人
モンテスパン公爵夫人

そんなモンテスパンの素行にルイ14世の心は完全に離れてしまいました。

マントノン夫人を愛した王は、マントノン城でマントノン夫人と過ごすようになります。

マントノン夫人はただの愛人ではなく国王の正式な愛妾でしたが、その一方で、王はヴェルサイユ宮殿では正妻、王妃マリー・テレーズ・ドートリッシュと暮らしていました。

マリー・テレーズ・ドートリッシュ
王妃マリー・テレーズ・ドートリッシュ

マントノン夫人と国王ルイ14世の秘密婚

マントノン城の庭園からのぞむ水道橋

過去に何人もの愛人がいた王ですが、王妃マリー・テレーズが亡くなった時は相当悲しんだそうです。

悲しみに暮れるルイ14世は、心のよりどころだったマントノン夫人と極秘に結婚式を挙げました。

この時、マントノン夫人は既に49歳、ルイ14世は46歳でした。

これがマントノン夫人が「熟年王妃」と呼ばれる所以です。

マントノン城の庭園を散策

マントノン夫人の王への助言は、当時のフランスの政治や外交に大きく影響していたといいます。

マントノン城の庭園にある小川のほとり

極秘に国王の妻となったマントノン夫人は、ヴェルサイユ宮殿の王の寝室の上の階に部屋を与えられ、二人は毎日一緒に過ごし、夫人は王が亡くなるまで添い遂げたそうです。

最後に

緑が美しいマントノン城の庭園を散策

そんな由来のあるマントノン夫人の城「マントノン城」。

本当に、偶然行ってみたのですが素敵でした。

シャルトルへ行くなら、ぜひ立ち寄りたいおすすめの場所です。

フランスの田舎の静かな魅力を心から味わうことができました。

まわりには何もありませんが、川沿いの芝生でくつろいでWと2人、心からリラックスしました。

そろそろ、パリへ戻る時間です...

それではまた...今回は以上になります。

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>>> マントノン城についてはこちらの記事をご覧ください。

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