本記事では、ルモンド・ディプロマティック2月号『Censeurs et selerats』から、【1830年7月革命】【2001年の9.1.1.】【反ユダヤ主義者のコメディアン・デュドネ】そして【デザイナーのジャン・ガリアーノ】のケースを例に「言論と報道の自由」について考察します。
【フランスの歴史】1830年七月革命
パリのルーヴル美術館にあるドラクロワの絵画『民衆を率いる自由の女神』を見ると、なぜかいつも胸が高鳴ります。
この絵は『1789年・バスティーユ牢獄襲撃』を契機に起こった『フランス革命』ではなく...
『1830年・七月革命』を描いた政治的な意味を持つ絵画です。
1830年7月、フランスでは国王シャルル10世の命令を無視して新聞が発行されました。
それをきっかけに、新聞関係者を取り締まろうとした警察官と市民が衝突が民衆を巻き込んで、3日間に渡る市街戦がパリで繰り広げられました。
そしてギロチンを恐れたシャルル10世が退位。
再びフランスに『(新聞)報道の自由』がもたらされたのです!
今、日本やフランスにいても「言論の自由が脅かされ、社会が監視されている」と感じることはあるのではないでしょうか。
検閲と悪党

テロとの戦いの名の下に
言論の自由は、我々が非難するものに適用した場合にのみ存在する。
違反行為は原則として、それを正当化しようとしたり厳しく扱うために独占しようとする統治者の下で非常に長く生き残る。
2001年10月25日、ラッセルファインゴールドは「愛国者法」を『テロとの闘いを口実に自由を侵害する攻撃準備であり、投票議会のメンバーにより採択される案件』であるとして、米上院議員でただ一人反対した。
当時のアメリカは、9月11日の同時多発テロでほとんどパニック状態だった。
その後13年の月日と一人の大統領を経て、このような例外的措置が米国の法律に今尚とどまっている。
内務大臣が、自由よりも秩序や安全を懸念するのは当然である。
脅威は不安をつのらせ、あるいは国民をまとめるため新たな抑圧を要求する。
反ユダヤのコメディアン【デュドネ】

この1月、フランスでは「人間固有の尊厳の尊重 」 に反すると認められるいくつかの集会や公演を、予防措置として禁じた。
フランスのマニュエル・ヴァルス内務大臣は、反ユダヤ的とみなされたコメディアン「デュドネ」の長ゼリフ「もはや笑い事ではない。 」 を「もはや創造性の領域ではない。 」 と引き合いに出した。
「私は法律の締め付けを含めた、あらゆる可能性を排除するつもりはありません。(1) 」
民主主義国家は警察官や裁判官の職権をユーモアと創造性を犠牲にして受け入れるべきなのか?

1830年フランス国王が報道の自由を弾圧
1830年の七月革命前夜、フランス王シャルル10世は政令で報道の自由を弾圧した。
検閲の原則を正当に修復しようと、裁判所の訴えに代理で出席した国王の支持者の一人が振り返り説明:「 弾圧による介入は損害を与える。 罰則は醜聞の議論を付け加え修復には程遠い。」( 2 )
政令発布の翌日、様々な口実により事前の許可無く新聞が発行された。
いち早く新聞を読んだ民衆はコメントをしようと殺到。
そしてこの革命はシャルル10世の政権を崩壊させた。

ほぼ二世紀がたった現代、反逆者やアウトロー、悪党たちのTwitterアカウントは、何千人ものユーザーからフォローされている。
YouTubeはリビングのソファに座ってカメラに向かい、ライブ集会を開く事を可能にした。
一度 「人間的な価値に値しない」 と判断された公演や市民集会を禁止すると、 次は、ソーシャルネットワークを通じて同じメッセージを普及させる事も禁じるのだろうか?
そんな事をすれば確実に、彼らゴシップトレーダーの挑発に 「システムの犠牲者」というオーラを与えることになるだろう。
そして、彼らのほとんど「誇大妄想的な告発」を正当化する事になる。


マニュエル・ヴァルス内相の最近の取り組みに対し、
「ある種の予防体制や表現の自由の前でさえ、道徳的な検閲を課す傾向は重大な退行である。 」
元社会主義者の大臣ジャック·ラングはそう懸念した。
「 この場合、不名誉に対する感情、怒りと反抗心が最良の精神を揺るがせてしまう。( 3 )」
彼は寛大に結論づけた。
2014年2月 セルジュ·アリミ
出典:http://www.monde-diplomatique.fr/2014/02/HALIMI/50073
( 1 )Aujourd’hui、インタビュ-フランス、パリ 2013年12月28日
( 2 )Les Grandes Heures de la presse qui ont fait l’histoire,、ジャン=ノエル・ジャヌネーの引用 フラマリオン P 28、フランス、パリ、2013年
( 3 ) 「 ジャック·ラング文化相によるコメディアン、デュドネのケース:「国務院の決定は重大な退行」 ル·モンド、2014年1月13日
解説と私的コメント【デュドネとガリアーノ】

この記事の背景には、フランスで反ユダヤ主義者として知られるコメディアン「デュドネ」の上演がフランスで禁止された事があります。
フランスで彼がしている事は「反ユダヤ主義の活動家」と同じだと指摘されています。
デザイナーのジャン・ガリアーノは、パリのカフェで「反ユダヤ」発言をした事が警察沙汰になり、これまでのキャリアを失いました。
フランスのコメディアン『デュドネ』は、「イスラエル政府によるパレスチナ自治区へのユダヤ人入植地建設」に反対した事をきっかけに、ユダヤ人を敵視する言動をステージ上で確信的に繰り返しています。

これをユダヤ人に対する人種差別として捕らえるなら、デュドネの出場禁止措置は当然のことかもしれません。
しかし、「イスラエル政府によるパレスチナ人自治区へのユダヤ人入植に対する激しい批判」であるならば私も賛成です。
デュドネの上演を法的に禁止する事はフランス市民の「表現の自由」そして「言論の自由」を奪う事にならないのでしょうか。

911以降の米国では《愛国者法》といった、市民からプライバシーを奪うような法律が成立しました。
実際に、世界には中国やシリアのように言論や報道の自由が無い国が存在します。
フランスでは反ユダヤ発言をすると、事実上、社会から抹殺されます。
日本ではどうでしょうか。

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