【ブルキニ騒動と社会的なカラダ】滑りやすい坂道の上で【Charlie Hebdo】

├ ★シャㇽリ・エプド
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10月に入りパリはぐっと寒くなりました。
昨日今日と秋を通り越して冬がきてしまったと感じるくらい寒い朝を迎えています。

今年の夏、twitterやfacebook上でシェアされてsns上で大きな論争を巻き起こしたフランスの《ブルキニ騒動》をご存知でしょうか。

《ブルキニ》とは、イスラム教徒の女性のための肌が見えない水着のことです。

南仏のリゾート地で、この《ブルキニ》を着てビーチで日光浴をしていた女性が、警官数名に囲まれて《ブルキニ》を脱ぐように強制されました。

カンヌ市は今年7月に《ブルキニ》の着用を禁止しましたが、現在は国務院の判決で解禁されています。

それを受けて、フランスの首相マニュエル・ヴァルス氏のこんな発言も話題になりました。

共和国のシンボル、マリアンヌ(像)の胸は裸です。
なぜなら彼女は民衆を養い育んでいるのです。
彼女はベールに覆われていません。
それは彼女が自由だからです。
それが共和国です!

マニュエル・ヴァルス首相

今日もシャーリー・エブドの記事からご紹介します。

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【ブルキニ騒動と社会的なカラダ】滑りやすい坂道論【Charlie Hebdo】

ブルキニ』という妄想的に狂った一連の出来事は、『すべりやすい坂道論』の見事な一例です。PG( Pente Glissante=すべりやすい坂道)、またはPG(Parti de Gauche=左翼党)とその政治生命、その仕事。それは、いかにして私たちが暮らす現実社会に、暗い影を落とすことになったのでしょう。

ブルキニ法についてはすでにモンテーニュが全てを語っています。『籠の中にクソをすれば、あとで頭にのせねばならぬ』。彼は本当にそう思っていました。こんなことを言いつづけて読者の知性を屈辱するのはやめて、もう一度考えてみましょう。今後の唯一の問題点は次のとおり。

あっという間に国中にブルキニ論争が浸透したのはなぜか?

ギヨーム・エルネ

ここに出てくるPGについては二通りの意味があるようです。ひとつは、PG=Parti de Gauche、つまり左翼党のことで、フランスの民主社会主義政党。もうひとつの意味は、タイトルにもあるPG= Pente Glissanteの頭文字で、『すべりやすい坂道論』または、『すべり坂論法』のこと。

「滑りやすい坂道論」は英語なら、《slippery slope argument》。「風が吹けば桶屋が儲かる」式にこじつけられた議論のことです。具体的には、ある行為Aが、法的または道徳的に許されないことを示すために使われる論法の一つで、『もしあなたが≪はじめの一歩A≫をふみだすならば、あなたか、あなたと似た別の誰かによって、類似の行為が次々と連鎖的に行なわれた結果、行為Bが必ず行われるか、非常に高い可能性で行われるだろう。≪行為B≫は道徳的に許されない。したがって、あなたは≪はじめの一歩A≫をふみだしてはいけない。』 というもの。

また、フランスのモラリスト・モンテーニュが1580年に刊行した『エッセー』(仏: Les Essais)の一節が引用されています。『恋人と結婚して後悔しなかった男はほとんどない。これは神の世界でも同じことである。ユピテル(Jupiter=ローマ神話の神)は最初に情を交わし愛の喜びを味わった妻と、いかに仲の悪い夫婦であったことか。ことわざにも「籠の中にクソをすれば、あとで頭にのせねばならぬ」というのがある。』と述べています。

混乱主義の名作

この偉業は共通の課題を論じた公開討論『滑りやすい坂道論』により成し遂げられました。「滑りやすい坂道」とはとても単純な言葉のあやで、簡単に言えば、《今日卵を盗んだことを許せば、明日は牛を盗むにちがいない》と議論が飛躍してしまうことです。また、安楽死について語るならばこの推論は特にゴドウィンを想起させます。

ギヨーム・エルネ

ゴドウィンとはイギリス人初のアナーキスト、無政府主義の先駆者として知られるウィリアム・ゴドウィン。

『権力と暴力に基づいた政府は、正義や幸福に反するすべての制度を温存させ、自由を阻害する。このような政府は、罪悪であり反自然である。』というのが彼の主張です。

ゴドウィンは、『政府のない社会』と『富の平等な分配』を要求し、食糧や財よりも、個人の知性・道徳を進歩させるための『余暇』を真の富だと考えていました。

レシピは次の通り。《あなたは末期患者の自殺を認めるべきだと思いますか?》 『滑りやすい坂道』が明らかな危険を示している以上、主張されるのは当然正反対のことです。つまり、今日、医師が死に急ぐことを許したなら、明日には風邪を引いた新生児から、ゴ-ルデンタイムのTF1(フランスのTVチェンネル)の新番組に失望した高齢者まで、みなが自殺してしまう。

これはとても便利な推論です。ソフト・ドラッグを禁じ、同性婚に反対して、(移民がフランスへ家族を呼び寄せて)家族と再会できないようにしてしまいます。それなら、人々をハード・ドラッグへと導き、個人の近親相姦を支持するPG(Parti de Gauche=左翼党)は、世の中のすべての不幸の受け入れ先ということになります。

ギヨーム・エルネ

現在、フランスで安楽死は認められていませんが、末期患者の自殺を認めるべきか否かについては次のような極論が取り上げられています。

自発的な安楽死が道徳的 に正当化される場合もあるかもしれない。しかし、自発的安楽死は非人間的な社会へと向かうすべり坂の第一歩だから、決してそれを行なうべきではないし、ましてや合法化は論外だ。そうなると、次には重度の障害を持った 新生児が殺されることになり、その次には精神障害を持った人々が殺される ことになり、ついには役に立たない老人がその意志に反して殺されることにな る。

「僕のほうが君よりも反ブルキニストだよ!」

「あばずれ!」

PG(Pente Glissante=すべりやすい坂道論)はあらゆる論拠になりますが、そこには何の保証もありません。哲学者アルバート・ハーシュマンによれば、これは反動的(保守的)思想に与えられた素晴らしいレトリックだそうです。このツ-ㇽは事態を好転させることができないとき、その理由を説明するために使われます。PG(Pente Glissante=すべりやすい坂道論)がマリファナや安楽死、同性結婚を禁止し続けろと脅してきます。

ギヨーム・エルネ

アルバート・ハーシュマンとは、異色の政治経済学者として活躍した中道左派のエコノミスト。著作『反動のレトリック』の中で、反動(保守)的な社会思想の説得力が論理よりもむしろレトリックに依存していることを明らかにしつつ、進歩主義のレトリックをも暴いたとして評価を得ました。

実際にブルキニゲートでは、PG(Pente Glissante=すべりやすい坂道論)は、水中のブルキニとして両サイドに立ちます。このような法律は、女性にストリング とブラジャーのユニフォームを強制する残虐な独裁政権への扉です。PGはPO(politique=政治)を通過します。またはその逆で、今日ブルキニを許可すれば明日にはシャリーア(charia=イスラム法)が普及すると主張することです。

PGは便利ですが、間違った考えへ導くという唯一の欠点があります。ですが結局のところ、大麻が合法化されたアメリカの州が麻薬中毒者の地になってしまったということはありません。安楽死はおそらくある人にとっては必要なことでも、すべての人が夢見ることではないのです。

フランス共和国でこの騒動を盛り上げたのは、ブルキニの脅威よりもむしろ全体主義衝動でした

ギヨーム・エルネ

全体主義に対する痛烈な批判が込められていますね。

様々な議論がかわされた《ブルキニ》騒動が、最終的にどうなったかというと、8月26日、国務院は、自治体が「公共の秩序への挑発」として海水浴場での《ブルキニ》の着用を禁止した条例を、個人の自由に対する侵害であるとして却下しました。

国務院の決定は、最も懐疑的な人たちを説得するためにあります。確かにここで言及されているすべてのPGは、個々の特徴を省略しています。理由ならいくらでもあります。ですが、一見狂っているように見えてみなが突然狂うことはあり得ません。例えば、ブルキニで地下鉄に乗り、喘息持ちだから死んでしまいたいという人はきわめて稀です。

ですからこれは、PG(Parti de Gauche=左翼党)にとって都合が良い騒動なのです。彼ら左翼党は個人を信用していません。今回の件でブルキニと一緒にすべてを法律の監視下に置いてしまおうと考えているのです。こうした混乱主義の傑作は、どのようにして出来上がったのでしょう?考えてみれば、水着とジハディスト(聖戦主義者)の衣装は直接関係あるかのように同じ土俵の上で語られていました。

私たちも、秋にはブルキニから解放されるでしょうから、PGの名前を覚えておいてください。クリスマスにブルキニを着る権利など、誰も知ったことではありません。トピックが象徴的で逸脱すればするほど、この論戦に加わろうと社会的な作り話がいろいろ出てきます。これは、本当に世俗主義を守りたいという人たちに努力を強いることです。なぜなら彼らは、もういちど坂道を上らなくてはならないのですから。

ギヨーム・エルネ

【政教分離原則】laicite (ライシテ)とは

『世俗主義』とは政教分離原則、政治の権限と宗教の権威を切り離すこと。
政治や個人の行動の規範から宗教団体の介入を排除しようとする主張です。
フランス語では、laicite (ライシテ)と言います。

laicite (ライシテ)に基づいてフランスではすでに、2004年に中学・高校生が目を引くような宗教的シンボルを校内で身に着けることを禁止する法律と、2011年にはブルカなど全身を覆い隠す衣装を公共の場で着用することを禁止する法律が施行されています。

しかし、ブルキニの着用を禁止する条例については「秩序に対する明確な危険性はない」として国務院から退けられました。

これに対してマニュエル・ヴァルス首相は、共和国の象徴マリアンヌを引き合いに出し『我々は妥協することはできない』と、ブルキニの着用に強く反対したのです。

最後に

Eugène Delacroix - La liberté guidant le peuple.jpg
1830年フランス7月革命を主題に描かれたドラクロワの絵画
民衆を導く自由の女神(La Liberté guidant le peuple)

記事冒頭の画像は共和国の象徴マリアンヌです。

胸を出した女性が、隷従から自由への解放の象徴とされる赤い三角帽子『フリジア帽』をかぶっています。

また、1830年にドラクロワの描いた『民衆を導く自由の女神』も胸をはだけて、共和国のシンボル『フリジア帽』をかぶっていますね。

大切なのは、異なる価値観をどんな視点で見て、これらに出会うかということだと思います。

そして、いかにして本当の論点に気付くかということではないでしょうか。

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